「社会福祉構造改革」と障害者福祉
『ゼンコロ120号』1999年05月
また暑い夏がやってきました。この国の夏は湿度が高く、不快指数が高いというごとく、暑苦しい季節が9月の末まで続きます。とくに都市では、地面に土がほとんど見えなくなり、都市全体が人工化し、時代とともに不快指数はさらに上がり、ますます住みにくくなってきています。
昔は冷房などなくても夏を楽しんで暮らしたのにと、不便と利便の表裏を、意味ありげに考え込んでみたりしています。 私の中に、夏になると昨日のことのように心に甦るのは、戦争のことであります。広島、長崎への原爆投下のあとの8月15日の敗戦。今年は54年目となります。
典型的な軍国少年であった私は昭和17年5月に、15歳で少年兵として海軍に志願して入隊し、敗戦を横須賀の潜水艦基地隊で迎え、約3年半の軍隊生活を終えたという経歴があります。少年時代の3年半の軍隊生活と敗戦にともなうドラスティックな価値観の変化は、私の中に『戦争と平和』というテーマを深く刻み込む結果となりました。基本的には戦争を否定する立場で、これは私の思想ではなく、心であり血肉とさえいえるものとなりました。
しかし、私自身にとっても、日清・日露の戦争は、一編の歴史物語でしかなかったように戦争を知らない世代、とくに戦後の貧困時代以後の世代にとっては第二次世界大戦は物語と化し、現実的な意味をほとんどもたなくなりました。
そういう背景のもとで、歴史の教訓さえも忘れたような法律が国会を通っていきます。国歌や国旗の問題もあれよあれよという間に決められる状況にあります。 今年は、より暑苦しい夏になりそうです。
社会福祉構造改革が「社会福祉事業法等改正法案大綱」として発表されました。
主な点を紹介しつつ、若干のコメントをしておきたいと思います。
一、改革の理念は「個人が尊厳を持ってその人らしい生活が送れるよう支えるという社会福祉の理念に基づく」ものであること。
二、具体的な改革の方向は、 (1)個人の自立を基本とし、その選択を尊重した制度の確立 (2)質の高い福祉サービスの拡充 (3)地域での生活を総合的に支援するための地域福祉の充実、の3点であること。
三、改正する法律は、社会福祉事業法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、児童福祉法、民生委員法、社会福祉施設職員等退職手当共済法、生活保護法、老人福祉法、公益質屋法であること。
すでに改正が行われた精神保健福祉法がここに含まれていない理由は、この法が医療中心のものであり、福祉制度も現に措置制度でなく、今回の構造改革の目玉である利用契約による補助制度となっていること、などといわれています。精神障害者福祉のこうした位置づけに問題があると私は思います。
理念や改革の方向については、まさにそのとおりであって、具体的な内容がともなうかどうか、であります。
四、改革の内容 改革の内容は(1)利用者の立場に立った社会福祉の構築、(2)サービスの質の向上、(3)社会福祉事業の充実、活性化、(4)地域福祉の推進、(5)その他の改正、の5点とし、それぞれの内容を明確にしています。
(1)については、(1)現行の措置制度から、利用者が事業者と対等な関係に基づいてサービスを選択する利用制度に変える。但し、緊急の場合のあることを考慮して措置制度そのものは残す。(2)、(1)の利用制度を実効のあるものにするため、地域福祉権利擁護制度の創設、苦情解決の仕組みの導入、誇大広告の禁止、利用契約についての説明・書面交付の義務付け、などが制度化されます。 (2)については、(1)人材の養成と確保、(2)サービスの質の向上のため、事業者によるサービスの質の自己評価や、サービスの質を評価する第三者機関の育成、(3)事業の透明性を確保し、利用者に資するため、事業者によるサービス内容に関する情報の提供、財務諸表の開示を社会福祉法人に義務付けること。国、地方公共団体による情報提供体制を整備すること、とされています。
(3)については、(1)社会福祉に対する需要の多様化に対応して、社会福祉事業の範囲を拡充する。具体的には、権利擁護のための相談援護事業、障害者(児)の生活支援相談事業、手話通訳事業、盲導犬訓練事業、知的障害者デイサービス事業など9事業を追加する。(2)地域における細かな福祉活動を推進するために、障害者の通所授産の要件の引下げ、在宅サービス事業を経営する社会福祉法人の資産要件(現在1億円)の大幅引下げ、通所施設の用に供する土地・建物について賃貸を認める、などを内容とする社会福祉法人設立要件の緩和を行う、としています。
この項について若干の説明とコメントをしておきたいと思います。 今後の福祉サービスは、市町村を中心に展開されることになりますが、そのためには在宅サービスや施設の小規模化が求められます。5,000か所をこえた無認可小規模作業所問題を、福祉制度の中に正しく位置づけることが必要です。現状はまさに差別でありますし、問題の解決を先送りすることは許されません。通所施設の法定化は現在最小20人ですが、これをどこまで引下げるか。今、詰めの作業が行われているところです。
通所施設の土地・建物の賃貸を認める方針とともに、ここのところは評価できる改善になったと思います。
なお、このあとに続く、(3)多様な事業主体の参入促進、福祉サービスの提供体制の充実、(4)社会福祉法人の運営の弾力化などについては、特段のこともなく、紙幅の都合もあって省略します。
(4)の地域福祉の推進は今回の改革の目玉のひとつになっており、(1)市町村、都道府県に地域福祉計画の策定を規定すること、(2)知的障害者の福祉等に関する事務の市町村への委譲を行うこと、(3)社会福祉協議会、共同募金会、民生委員・児童委員の活性化を図ることの3点に集約されています。
ノーマライゼーションの理念は、どんな障害があっても、施設や病院などの生活ではなく、地域社会の中で他の市民と同じ生活を送ることのできる社会の実現であることは、政府もくり返し述べています。しかし、現実は都市への人口集中、核家族化などが進み、地域社会そのものが、人間関係の希薄な空間となっております。したがって地域社会の活性化に向けた中・長期的な対応が必要で、今回、地域福祉の推進をひとつの柱にしたことは適切なことと評価できます。
また、知的障害者福祉の市町村への権限委譲も、予定されたこととはいえ前進です。精神障害者についても、知的障害者より多少遅れても、市町村へ委譲されるであろうとの関係者の期待も空しく、今回成立した「精神保健及び精神障害者の福祉に関する法律」の改正の中では、福祉サービスの利用に関する「相談、助言、あっせん等の業務」に限定する内容となりました。
全国の全市町村に存在する社会福祉協議会(社協)はすべて社会福祉法人であり、本来的に地域福祉の原動力たるべき組織であります。にもかかわらず障害関係団体から不信や批判が強いのは、その組織の現状が第二役所的であることに原因があります。市長が会長、常務理事が市の担当部長という役所そのものという社協さえあり、全体として社協の人事は行政が握っています。
構造改革では「市町村社協を地域福祉の推進役として明確に位置づける」としていますが、組織そのものを刷新して民間性を高めない限り、実効は期待できないでしょう。公金の損失といわなければなりません。
(5)その他の改正は「社会福祉施設等手当共済法」の見直し等となっています。 五、施行期日 平成12年4月施行を原則とし、措置制度の利用制度への変更、地域福祉計画の策定、知的障害者福祉等に関する事務の市町村への委譲に関する規定は、準備期間を考慮して平成15年4月に施行されます。
なお、これまで第一種社会福祉事業とされてきた公益質屋法は廃止されます。
以上、社会福祉構造改革の主な内容を項目に沿って紹介し、若干のコメントをしてきましたが、障害分野からみて、この改革の理念である「個人の尊厳をもって、その人らしい生活が送れるように支える」ものに、内容がともなっているか。あるいは改革の方向である「個人の自立を基本」とし、「質の高い福祉サービス」を受け、さらに「地域での生活を総合的に支援する地域福祉の充実」が図られて、障害者が地域住民として安心して暮らせる道すじが整ったといえるかどうかを検討する必要があります。結論からいえばノーであります。
現に地域で暮らしている重度身体障害者や知的障害者、精神障害者あるいは現状では障害の範囲に含まれない難病者などの生活を支えているのは誰ですか。国ですか、都道府県ですか。一部を除いて大部分は親や家族が支えているのです。施設に入所すれば現行の障害基礎年金で暮らせるが、地域では生活できない年金水準であることは天下周知の事実です。親や家族が支えられなくなれば、入所施設に入る選択しかありません。一方でノーマライゼーションを強調しながら、その一方で入所施設を増設するという奇妙な施策の背景は、言葉と実際の施策との乖離が大きいためです。障害者問題にかかわる人なら誰でもわかっていることだと思います。
政府機関は、「個人の尊厳をもって、その人らしい生活を送る」とか、「個人の自立」とはどういう意味か、正しい日本語の意味で使われているのでしょうか、どうにも解せません。
親や家族が支えられなくなったら、入所施設に入るしかない(ごく一部はグループホームで対応できるようになりはしたが)、あるいは医療施設から出ることができない。そういう状況を変えて、親から独立して自立できる社会システムへの道を開いていってこそ、自立とか、個人の尊厳にふさわしい生活といえるのです。現状は知的障害者の9割は親(や家族)の支援や入所施設での生活であります。精神障害者も社会システム(生活保護や授産など)を利用して生活している人はごく一部にすぎません。
所得保障、住の対策、重度障害者の地域利用施設(デイサービス等)の制度化と適正配置、家事労働の支援を含む地域ケアの構築など、そして自立の基本を妨げている民法上の家族制度の見直しや総合障害者福祉法の制定などに着手し、障害判定の再検討を行うなどして、個々人の必要に応じたサービスが行われるような制度に改めることが必要です。
美しい言葉だけが一人歩きするのは、障害者サイドに詰めの甘さがあり、言葉に弱い面があるためであることが残念です。 構造改革は、述べたような課題の具体化であるべきであり、今回は障害者福祉の基本課題をすべて先送りした二義的な改革の範囲にとどまったとしか評価できません。
私は短い期間に課題すべてクリアすることを求めているのではなく、せめて道すじをつけてほしかったと主張しているのですが、この機会に広く深く議論していただきたいと思います。