再び扶養義務規定(民法)など-平成10年度厚生白書を見て-
『ゼンコロ118号』1998年06月
平成10年度版厚生白書は、その中心テーマを少子社会において論じていますが、その中で家族形態と機能の変化を、客観的な資料に基づいて検討しており、『今後、血縁や婚姻関係に基礎を置かない「家族」が増加することも考えられる』と予測しています。
昭和30年頃までは三世代世帯が比較的多く、一世帯当たりの世帯人員は5人程度であったのに、昭和35年頃から急激に減少しはじめ、現在では3人を割って2.82人となっています。
そして現在のわが国の家族構成は、三世代世帯11.2%、核家族世帯58.0%、単独世帯25.0%等となっており、その推移、割合等は別表のとおりであります。 世帯人員が3人を割り、そのうえに女性の就業者が増加し、社会進出が著しく進む中で、家族機能も大きく変化しています。
以前から私もくり返して提言しているように、こうした家族形態と機能の変化にもかかわらず、わが国の家族制度(民法)は三世代世帯(直系家族制)を基本としており、二親等までの扶養義務を課したままであります。制度と現実がこれほど乖離している重要問題は他にないのではないかと思います。
国民の意識も白書でもとりあげているように、「老後を子どもに頼るか?」、という問に、『頼るつもりはない』が60%強、『頼るつもり』は12%程度という回答になっています。農林漁業中心の社会では、家族は共同体であり、生活と仕事の基礎単位となっていたのであり、それを現代の高度産業社会に適用しようとすること自体が残像的発想であります。しかるにわが国には厳然と民法上の規定に残されており、今も生きているのであります。
この規定が背骨となって、障害者施策は、障害者プランでさえ家族依存と入所施設依存の域にとどまっており、自立支援といいながら、それを実現するための基本的な施策が欠落しているのです。
近代国家の家族制度では、扶養義務の範囲は配偶者と成人するまでの子どもであり、成人すると親は子どもの親権を失い、扶養義務もなくなるのです。また、子どもは親を扶養する義務を課せられません。そういう制度です。個人の尊重を基本として構成し、システム化された社会であります。
明治29年に制定されたわが国の民法は、第四編−親族−第六章-扶養−第877条に次のように扶養義務を規定しています。 『直系血族及び兄弟姉妹は、互に扶養する義務がある。(1)家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合の外、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。−省略−』
また、扶養を受ける権利についても、第881条において、扶養請求権の処分の禁止を次のように規定しています。 『扶養を受ける権利は、これを処分することができない』すなわち扶養される権利を明確にしているのであります。
わが国は、経済は先進国と言われながらも、社会や個人の生活構造には依然として古い、前近代的な制度を残しているのであります。 高齢化や少子化への施策や、障害者問題も、このような制度を廃止して、現状に合った、近代的な社会制度に移行させなければ、本質的な発展は望めません。国民の皆さん、なかんずく福祉の分野に関係する皆さんに、この問題をしっかり認識してほしいと思います。
介護保険法はその評価は別として、発想自体は、家族形態や機能の変化に対応する社会システムの必要性の認識が、出発点となっていることは間違いありません。 成人した障害者の扶養義務を、いつでまでも親兄弟に課し続けることを止めるためにも、早急に、民法の扶養義務規定の抜本的な改正を実現するために、国民世論を喚起しつつ、具体的な行動を起こすべきだと思います。
この扶養義務の問題と所得保障の問題こそ、障害者の自立を実現するための基本問題であります。
厚生白書の障害者保健福祉施策の項を見て驚いたことがひとつあります。
それは精神障害者の数が217万人と改められていることです。白書では身体障害者(児)が295万人、知的障害者(児)41万人と、合わせて500万人であるとしていますが、正確には553万人となります。ここは単純ミスでしょう。
この7月に身体障害者(児)の新しい調査結果(平成8年11月1日現在)が発表されましたが、その数は308万7千人で、65歳以上が52.6%と、高齢に伴う障害者の増加が著しいという特徴をさらに強めています。
それにしても精神障害者の数は、平成5年の障害者白書では108万人、その翌年には157万人に増え、さらにわずか3年で60万人も増えるというのは異常というほかありません。
精神科を受診した数を総計するとこの数字になるそうだ、といった厚生省精神保健福祉課の応答は、投げやり的な感じさえします。精神科を受診したすべての人を精神障害者とすることは、精神保健福祉法の規定では間違いではないと言えるところに問題があると思います。
病者と障害者を区分して規定することの必要性を改めて痛感します。
社会福祉基礎構造改革に関する議論も大詰めを迎えています。できるだけ早く、それぞれの団体から意見を提出しておくことが必要です。
障害者関係3審議会合同分科会のまとめの作業も始まっています。私は自立の基本となる所得保障をどうするのか、ほとんど議論が行われていないことや、これと密接な関係のある障害者手帳の、主として等級問題など全くふれられていないことは、きわめて遺憾だと思っています。障害が重いために稼得収入を全く得られないか、あるいは低額な収入しか得られない人々の地域自立こそ基本命題なのに、そのことをきちんと議論しないままで、まとめが行われることは納得できません。
障害等級1級でも、稼得能力では天と地くらいの差がある今の制度は、根本から見直されるべきであります。障害者プランでいう自立支援とはどういうことか、もう一度原点に立返って、私たちの側からも声を高く、提言をあげなければなりません。