基礎構造改革と授産(社会就労)施設
『ゼンコロ122号』2000年02月
社会福祉事業法の改正を柱とする社会福祉基礎構造改革(以下、構造改革)関連の法律案は、開会中の通常国会において採決されるものと思いますが、与野党の極端な対立や、衆議院議員の任期が迫っているため、いつ、解散があるかわからないと言われており、もうひとつはっきりしません。
私は、構造改革の全体には批判的な立場であることを、その理由を明らかにしつつ機会ある度に述べてきました。この主たる理由は次の2点です。そのひとつは、福祉の法制度を利用者が主体的に選択できる制度に転換するとし、そのためにこれまでの措置制度から利用制度に改めることにしたことへの疑問であります。措置制度は行政処分であるから、サービスの選択がしにくいとか、対等性のないことや利用しにくいなどの問題があるとか、あるいは事業の創意性の欠如や、腐敗を生みやすい制度であるなど、すべて「措置制度」が原因であるかのように決めつけられていることに、事実誤認があると考えるからです。
新しく「利用制度」に変わったとしても、利用料の自己負担や補助金の額を決定するのは市町村長であり、これも行政処分であることには変りはないのであって、管轄を福祉事務所から市町村に移すだけのことであるとも言えます。しかも、措置制度では福祉サービスに必要な所定の額を公が事業者に支払い、その範囲の中で応分の額を利用者が福祉事務所に支払うという制度であったものを、まず利用者の自己負担額を決定し、負担できない分を公が補助決定する方式であり、その自己負担分は利用者が直接事業者に支払うという形に変えるのであります。私は、措置制度維持論者ではありませんが、公的責任の後退とならない別の方法はなかったのだろうか、という思いが残ります。
その2点目は、構造改革という以上、少子高齢化の進展を踏まえ、ノーマライゼーションの理念に基づいて、すべての障害者が地域社会の中で自立した生活が送れるように、施策上の道筋をつけてほしいとの願いにも応えていないということであります。
ところで、そういう主張は留保しつつも、結論が出された今の状況に現実的な対応をしていかなければなりません。すでに社会福祉事業法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法の3法が構造改革関連法案として、一括して国会に提出される段階にあります。その内容には、必ずしも構造改革と関連するとは言えないまでも、改善されるものが含まれています。いくつかの新しい事業の法制化であるとか、知的障害者福祉の市町村への権限委譲などであります。
また、構造改革の中で評価できる部分である「社会福祉法人の要件の緩和」の項にある、(1)障害者の通所授産施設の規模要件の引下げ(20人以上→10人以上) (2)在宅サービス事業等を経営する社会福祉法人の資産要件(1億円)の大幅引下げ(3)通所施設の用に供する土地・建物について賃貸を認める、の3点については、小規模作業所対策としての性格もあり、早期の実現が望まれます。
そうした理由から、少なくともこの通常国会での法案の成立に向けて、一定の行動をすることは適切な対応であると考えます。
障害者の通所授産施設の規模要件の緩和と、土地・建物の賃貸を認めることがセットになっていることの意味は大変大きいという認識は、皆さんお持ちだろうと思います。かつて授産施設の分場制度が創設されたとき、分場の規模は5人以上で、土地・建物の賃貸を認めるというものでありました。
同じ時期に、身体障害者授産施設における知的障害者の混合利用制度が発足したのであり、その後、相互利用へと発展することになるのであります。当時の厚生省社会局の福山更生課長の判断に負うところが多かったことを紹介しておきましょう。授産施設の場合は、賃貸については、そういう布石があったこと。また、今回の施策が、5,200カ所と言われる小規模作業所対策を念頭においたものであるという点からみて、実効性の伴う現実的な制度案となっており、きわめて適切で具体性があると言えます。
そして、すでにこの制度実現後の検討が行われているのであります。過日、朝日新聞で大きく報道され、NHKテレビのニュースでも流された内容、すなわち、“この制度を平成12年度から実施することを、厚生省は決めた”という趣旨の報道は事実でないとしても、できるだけ早く具体化しようという動きは確かにあるのです。
問題は、この制度の具体化に向けて、原則論と現実論があることです。現実論の方から先に紹介しますと、5,200カ所、約7万人の利用者(この利用者数は授産施設『社会就労センター』を利用している障害者数より数千人多い)を対象に、一挙に今の授産施設の措置単価を適用することは予算の面から困難である。措置費の考え方を適用すると、10人という定員規模では最も高い単価を設定しなければならなくなり、事実上実行不可能となる。したがって、今の「授産施設の設備および運営基準」を緩和した基準を設けて、措置(または補助)単価を新しく設定せざるを得ない。そこから出発して将来に向けて改善していく余地を留保しておく、といったような論のようであります。
原則論とは、この構造改革は通所授産施設の規模や要件の緩和であり、授産施設としての性格をもった施設であることに変りはない。したがって現在の措置単価より低額の単価を設定することは、理論的にも成り立たない。構造改革では利用者の選択権を主要な改革を位置づけているのであるから、圧倒的に不足している授産施設(全国の市町村の3分の1にしかない)を当然増やすべきであり、措置単価に格差をつけるべきでない、という主張であります。
この両論をめぐって関係団体の間でも協議が始まっているようです。両論とも現実を踏まえれば、それぞれ理があり、どちらをとるか容易ではありません。私は、まず原則論に立ってきちんと議論を詰めていくことが大切だと思います。その中で現実論をどう消化していくかということになるのではないかと思います。
高飛車なものの言い方をすれば、世界にはよいモデルがあり、人口850万人で3万人の保護雇用制度を持つ国があり、人口1,500万人で8万7千人の社会雇用制度を実現している国もあるというレベルからみると、人口1億2千5百万人の経済先進国と言われるこの国で、非雇用の就労施設が小規模作業所を入れても13万人台の利用というのは、いかにも貧しいし、遅れているのだから、原則論を通すのは当然という主張は成り立つでしょう。
一方では、わが国がこのレベルに到達するにはまだ時間がかかり、段階を踏むことが必要だという主張も無視はできないでしょう。国全体の意識のレベルと深くかかわっているからです。
いずれにしても利用する人々に対して、納得のいく説明ができる方向で具体化されることが望まれます。
障害者授産施設の規模要件の引下げや、土地・建物の賃貸を認める方針は、わが国の現在の授産施設制度全体に大きい影響を与えることになることは必然です。したがって、今回の制度改革の中で、とりあえず次の2つのことを検討内容に加えてほしいと思います。
それは、授産施設をして、就労施設としての機能を整えるために、デイ・サービスセンターを制度化すること。また、狭い地域の施設効率を高めるために、小規模複合施設の制度化を図れないかということです。デイ・サービス事業はすでに3障害それぞれ行われており、制度化は、その気になれば、そう難しいことではないように思います。
また、小規模複合施設は、これまで何度か浮上しては消えたものですが、例えば10名の授産、5名の福祉工場、5名のデイ・サービスなど、規模や利用者の区分を変更可能な制度にしておけば、今後の地域密着型の通所施設の展開は、より効率的になると思われます。
今回の構造改革をよい機会として、すべてを授産施設(社会就労センター)に集約せず、ある幅をもって検討されることを期待したいと思います。