<ほんだな>証言・ハンセン病療養所元職員が見た民族浄化
『月刊福祉』2001年05月
「1951年、山梨県で25歳の農家の長男がハンセン病と診断され、両親・弟妹8人が青酸カリを飲んで無理心中をした。その中には9歳と6歳の弟妹もおり、余りにもいたいたしいことである」
これは本書の付録の中で紹介されている新聞記事の要録である。この悲劇的事件は、かつて癩病と呼ばれ、現在ハンセン病といわれているこの病を受けた人々に加えられた民族浄化と、そのための強制隔離政策によってもたらされた、ひとつの象徴的な事件であるということができる。
著者もこの著書の中で述べているように、当時は、ハンセン病の特効薬となったプロミンの薬効が明らかになり、この事件の起こる3年前の1948年から、療養所ではプロミン治療が行われるようになっていたのである。
政府や専門家の間ではプロミンの出現によって、ハンセン病が不治から可治の病になったことが、ほぼ確認されていたのであり、国の政策が正しく行われていれば、このような悲劇には至らなかったはずである。
書名とサブタイトルでもおわかりのように、著者は、療養所の現場で働き、国立リハセンターなどに移り、その後厚生省(現厚生労働省)本省の老人福祉専門官などを務め、その後いくつかの大学で教鞭をとられた人である。大学を出て最初に就職したハンセン病療養所での仕事の中で、抱え込めないほどの大きいテーマを背負った著者が、その後もこのテーマを追い続け、ここに来てようやくこの重いテーマを著書にまとめられた。そういう労作である。
冒頭の自序に「前プロミン期のハンセン病事情に関する私の証言であります」とあるように、この本は、ハンセン病が不治とされた時代に焦点をおいて書かれている。しかし、序章では1990年代のハンセン病事情にふれられており、1996(平成八)年に成立した「らい予防法の廃止に関する法律」についての著者の疑義と提言を、また1998(平成十年)に始まり、現在、激しく争われている国に対しての“人権侵害に対する謝罪と国家賠償請求裁判”など、最近の動きについても著者の見解が述べられており、現在と今後についての意見は傾聴に価する。
第一章と第二章で、ハンセン病という病気と病名のこと、療養所における患者の日常生活のことが資料を使って、一般の人々にもよくわかるように著述されている。とくに教育のことにスペースがさかれている。
第三章はハンセン病行政の特性について述べられているが、この中で、世界の動向と日本の政策のちがい(世界の医学から孤立した政策)にふれられている。
今のわが国の精神障害者施策とよく似ていると私には映る。さらに皇室利用の発想、民族浄化の発想、優生思想と断種手術などが項目を立てて論じられている。
最後の付録は、著者と点字を通じて親しく交流をもたれたハンセン病による全盲の青山善郎氏の口述であり、そこには熱い感動がある。
ハンセン病を知らない人も、本書で日本の近代と人間を学んでいただきたいと思う。