重度身体障害者の在宅勤務を考える――
トライアングル Vol.27 2002.11(平成14年)


企業による障害者就労支援 第一回 日本HP SEEDセンター訪問
障害のある方の在宅就労事例
在宅で学べる短期IT講座を開講
Lotus Sametime (同時遠隔会議システム)へのチャレンジ
Javaの学習グループ「智恵の和」誕生
おめでとう!



企業による障害者就労支援
   第一回 日本HP SEEDセンター訪問


 ヒューレッド・パッカード(HP)社が、コンパックとの合併により世界一のPCベンダーになったことは皆さんの記憶にも新しいと思いますが、日本HPで、障害者を雇用し、就労を通じて技術教育をするしくみがあったことをご存知の方は少ないことでしょう。  この、障害者を一年間嘱託従業員として受けいれる研修と実践の場は「シードセンター」といい、車椅子がゆったり行き来できる広々としたオフィスです。人事部門キャリアセンター長の川合さんにおうかがいしました。  

 

 「シードとは種のことですね、栄養を吸収して自分の意思と力で芽を出し、花を咲かせようとするシードたちを支援したい、という想いで名づけられました。毎年6〜10名程度を受け入れ、PC(WEB)技術を基本から専門まで学び、平行してビジネスマナーやコミュニケーションスキルを習得します。また社内業務によって実践力をつけられるのが企業ゆえの強みです。」

 なるほど、カリキュラムは多岐に渡り、技術の習得はもとより、職業意識の研修やディスカッション、ディベート、スピーチなど、厳しい研修が続くようです。

 「HPにおいては基本的に一年間の雇用です。ここから外にどんどん羽ばたいていってほしいと思っていますので、就職へのはっぱはかけますね(笑)。継続雇用すればよいのに…という声も聞こえますが、それではわたくしどもの理念とは違う。ここで一定の方を雇用し続けることはもちろん企業として必要ですが、シードセンターでは給与をもらいながら責任ある仕事を通して必要なものを身につけ、自分の力で外に出ていってほしいのです」。しかし、障害の軽い方ばかりではないので、精神面の専門家のフォローや、ご家族、福祉関係者のアドバイスなども受けておられ、これからは学校や他の企業との連携も含めた広い情報のネットワークが必須のようです。インタビューの最後に、今後望まれることをうかがった際の川合さんの言葉が印象的でした。

 「ご本人だけでなく、ご家族、訓練校などの方にもお願いしたい。資格を取ることや正解があるものだけを学ぶのでなく、どうしてそうなるのか自分で考えてみる、主体的に何かをやる。そうしたことを基本の基として備えていってほしいですね。そしてすぐに安定しようとするのでなく、長期にキャリアを積む、という考え方も持ってください。人生長いんですから」。

[堀込]

シードセンターお問合せ先
〒168-8585
東京都杉並区高井戸東3-29-21
日本ヒューレットパッカード株式会社
  人事部門キャリアセンター
  TEL: 03(3335)9716 (9時〜16時) 
   FAX: 03(3335)8285


1年間のテーマなどが壁に貼られている




障害のある方の在宅就労事例

中川 美貴子さん

(筋ジストロフィーによる四肢体幹機能障害)


SOHOグループ es-team 所属

※es-team(エスティーム)は、高いITスキルを持つ在宅ワーカーのグループで、職能開発室は仕事の仲介等の支援をしています。

中川 美貴子さん
今回は、企業等に就職せず、SOHOとして個人でWeb制作のお仕事をしている中川美貴子さんをご紹介します。SOHOならではの充実感やご苦労などをお聞きしたいと思います。

Q:お仕事をはじめたきっかけは?

 5、6年くらい前、友人からWeb作成の基礎を教わり、まず自分のサイトを作成しました。そこでこれを仕事にできないかとSOHO掲示板をのぞいたり、登録しはじめました。しかし自信をもてず、今ひとつ踏み込む勇気がありませんでした。何かきっかけがあれば...と思っていた矢先、とあるMLで「障害者のSOHOグループのメンバーを募集しています。」というメールを発見しました。

 「これだ!」と思い、メールを出しました。それが、現在お世話になっているSOHOグループes-teamです。

 仕事を辞めてから随分ブランクがあったので不安もありましたが、幸いにもすぐに返信をいただきました。それは、テスト的にWebを作成するという依頼でした。突然で迷いましたが、そのメールの中の「ぜひチャレンジしてみてください」という一言を目にして、「やってみなければ何も始まらない」と思い引き受けることにしました。そして現在に至っています。

 

Q:主な仕事の内容は?

 現在は主に、Web制作とオンライン講座の講師を担当しています。

○Webデザイン
 Webのトップページなどのデザイン作成や、簡単なカットイラストも描いています。まず、ラフデザインの画像を2パターン程度作成してクライアントに選んでもらいそれをHTML化するという流れです。デザインの引き出しを増やすことが現在の課題です。

○短期IT講座の講師
 オンライ
ン講師という仕事は初めてなので、講習生の皆様にもご迷惑をかけてるのではないかと思います。人に教えるというのは難しいことだということを初めて実感しました。基礎編といいつつもかなりハイレベルな内容ですので、即答できないことも多く、必死で調べているうちに自分のスキルアップにもつながっています。

 

Q:仕事で苦労している点は?

 私は、es-teamの中で唯一、遠隔地(富山県)で仕事をしているのですが、連絡をうまくできるのか?、いただいた資料や仕様書に基づいてクライアントのニーズに沿えるのか?、コーディネーターの鶴田さんや、堀込さんとも、お会いしたこともなく、自分のことを信用してもらえるだろうか?…この仕事をはじめた当初はそういう不安もありました。現在は、何度もお会いしてますので、不安はないのですが、当時はそれが逆に仕事をしてるといういい緊張感になったと思います。

 SOHOというワークスタイルを選んで、3年目になりますが、元々好きなデザインの仕事なので、その面では、楽しく仕事しています。

 es-teamは基本的にはクライアントとワーカーのコーディネートをしているのであって、技術的な質問をする場所ではないと思ってましたので、最初の1、2年は、たくさんの疑問を、ネットサーフィン、関連ML、メルマガ、掲示板、ニューズグループなどで調べ、それで足りない場合は本も買って、とにかくわからないことは出来る限り自分で解決しました。それで随分自分の仕事の幅を広げることにもつながったと思います。

 ただし収入面では安定していないのが難点です。PC、周辺機器、次々バージョンアップするソフトの購入、スキルアップに必要な本、講習など、いずれも自費ですので、なかなか黒字に持っていくのが大変です。

 

Q:SOHOという働き方を経験してのお気持ちは?

 SOHOという働き方を選んで、改めて仕事ができるという確信をもてるようになりました。私にとってのSOHOの最も大きな利点は、さまざまな状況でも仕事ができることを証明できるところではないかと思っています。

 また、SOHOは自由だから、何をしてもいいと誤解されがちですが、責任を持って仕事ができない人はSOHOには向かないと思います。自分の限界を知ると言えばしっくりくるかも知れません。出来る範囲で責任を持った働き方を選べるのもSOHOならではと言えるのではないでしょうか。

 最近感じるのは、いろいろな面でリスクはあるけれど、「社会人としての責任」があるという面では、雇用もSOHOも同じで、特別なことではないのだということです。

 

Q:今後の目標についてお聞かせください。

 仕事に対してささやかでもプライドが持てるようになれると良いなと思います。そのためにスキルアップは欠かせません。

 

Q:最後に一言。

 たくさんの人に支えられて、仕事をしていると思います。今、メンバーとして参加しているes-teamも人と人とのつながりを大切にして、お互いに高めあえるような、SOHOグループになると良いなと思います。

 

◎短期IT講座受講者からのメッセージ  伊藤雅之さん

『講師の中川さんにご指導いただき、短期IT講座を受講しました。テキストを読んで解らない点の質問を出したとき、私の文章が下手で解りにくい場合でも、わかりやすい例をあげるなどしてご回答くださったことで学習を進めることが出来ました。又、講座の中で練習として制作したホームページに対しても率直なコメントをいただき(例えば、配色に関してのような)、大変勉強になりました。スクーリングの時には、全部で50ページにも及ぶホームページ制作の体験談もお聞きする事が出来、これから“ヤルゾ!”という頑張る力が沸いてきました。』



インタビューを終えて

 中川さんにはもう2年以上お世話になっていますが、いつも丁寧にお仕事をされるので、とても安心してお願いしています。それも、中川さんがITのスキルと、いわゆるヒューマンスキルの両方を兼ね備えているからだと思います。  最近、『身につけた技術をいかして何か在宅の仕事をしたい』という相談が増えています。仕事をするには当然ITのスキルも重要ですが、それ以上に、仕事のスケジュールや体調の自己管理能力、他人とコミュニケーションをする能力、あるいは常に自分の技術を高めていく意欲など、さまざまな人間性や社会性が要求されます。その両者をバランスよく身につけてこそ、SOHOとして充実した仕事ができるのだと思います。

[鶴田]





在宅で学べる短期IT講座を開講

 職能開発室では、ITの基礎から実践までを幅広く学習してもらうために2年間の「IT技術者在宅養成講座」を実施しています。一方で、すでにある程度ITの知識を持っている方や、就労経験のある方が、短期間で実践的な技術を集中的に身につけられる講座への要望が高まっていました。そこで、本年6月からWebなどの技術を在宅で学べる短期コースの講座をスタートしました。
 現在、Web基礎編とWeb応用編の2コースを開講しています。講師は、前述の中川美貴子さんが中心となって行っています。

○Web基礎編  (2002年6月〜8月、次回は2003年1月頃の予定)
  受講者は6名で、HTMLの知識と、Webを制作するソフトウェアであるDreamweaverとFireworksの基礎を学びました。課題では、仮想企業や専門学校のWebサイトを制作していただき、できるだけ実践的な技術が身につけられるようにしました。講座の最後には、受講者の方に集まっていただいてスクーリング(集合教育)を行い、オンラインでは説明しにくい箇所の補足をしたり、受講者から多くの質問を受けたりしました。

○Web応用編(2002年10月〜2003年1月予定)  
  受講者は7名で、DreamweaverやFireworksの応用、CGIプログラムの基礎などを学んでいます。

 この講座では、日々の学習で疑問に思ったことや、学習のスケジュールなどをWeb上で書き込める「学習サポートシステム」を利用しています。受講者は市販のテキストを在宅で学習し、質問や感想はこのシステムに書いていただきます。いただいた質問は、大よそ2日以内に講師から回答することにしています。また、掲示板や受講生のプロフィールなども用意し、受講生同士の交流にも配慮しています。まだ始まったばかりの講座ですが、受講者のニーズに合った講座になるよう、今後も講座内容の充実をはかっていきたいと考えています。

[鶴田]

短期IT講座

短期IT講座のサイト





Lotus Sametime
   (同時遠隔会議システム)へのチャレンジ

 平成14年度、日本IBM様のご協力により、Lotus Sametime(同時遠隔会議システム)を遠隔教育に利用するプロジェクトがスタートいたしました。このシステムは、パソコン上で離れた者同士がビデオで発言者の顔や音声を聞きながら画面を共有したり、チャットやQ&Aなどを簡単に利用できるツールです。現在はまだ受講生宅とセンターとの間の動作確認で楽しんでいる状況ですが、年内には、複数受講生を対象にした遠隔講義をスタートさせる予定です。

 また、わたくしどもは巡回講習(講師の自宅訪問による講習)を重視しているのですが、体調不良により、これが受けられない場合の代替手段としても、

 フェーストゥフェースに近い効果が得られるのではないかと期待しています。どうぞ、この誌面上での実績報告をお楽しみに!

[堀込]




Javaの学習グループ「智恵の和」誕生

 在宅で仕事をする人にとって、先進の技術修得は大きな課題です。「このままでは自分の技術が陳腐化するのでは」と不安を抱えながらも、新しい技術を学ぶチャンスになかなか恵まれないのが現状ではないでしょうか。
 そんな中、企業の第一線で活躍するエンジニアの方から私どもに対して、Java、オブジェクト指向技術を学ぶ場を提供したいという申し出をいただき、このたび「智恵の和」という学習グループが発足することになりました。

 具体的には、10月末より2週間に1回のペースで「Java基礎講座」が開催され、オブジェクト指向の基本を学びます。その後、中級講座として、JSP, Servletなどを学んでいく予定です。また、Webサイトやメーリングリストを利用して、質疑応答も行っていきます。
 参加者は、今のところ、IT技術者在宅養成講座の講習生・修了生を中心としています。サポートメンバーは、サン・マイクロシステムズ(株)、(株)豆蔵など、オブジェクト指向のトップ企業の有志の方々。さらに、9月25日〜27日にパシフィコ横浜で行われた「JavaOne」コンファレンスでは「智恵の和」のブースを出展し、新たな技術者のスカウト(?)にも成功しました。

 「智恵の和」というグループ名には、"「参加者の知恵と支援者の知恵の和」により創造性のある豊かなコミュニティを形成したい" という願いが込められています。
 東京コロニー職能開発室は、ボランティアでの関わりになりますが、新しい形の技術修得の場として、「智恵の和」のこれからを楽しみにしています。

[岩田]

智恵の和ホームページ:http://red.japanlink.ne.jp/chie/




おめでとう!

全国朝日放送株式会社(テレビ朝日)に勤務決定

K.T さん  疾患 1種2級
   (IT技術者在宅
養成講座 第19期生)



編 集 後 記

 8/27〜30、韓国にて「APEC ITキャンプ」が開催され、在宅講座の講習生と修了生2名が参加してきました。アジア太平洋地域のいろいろな障害のある人たちとの交流は、良い刺激になったようです。しかし、そこでの公用語は当然英語。英語ができたら…と痛感したしたようです。

 10月に大阪で行われた国際職業リハ大会でも、日本以外のパネリスト達が英語で熱い議論。英語が話せない日本人は世界から孤立してしまうな…と焦りを感じながら「NOVAうさぎ」を見つめる今日この頃です。

[岩田]




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