重度身体障害者の在宅勤務を考える――

トライアングル Vol.15 1998.10(平成10年)

障害者雇用促進シンポジウムから
在宅就労事例(1)「ネットワーカーズとして働く」
在宅就労事例(2)「在宅でCADのオペレータ」
これからのオブジェクト指向技術の修得を目指して
日本障害者雇用促進協会 委員会発足

障害者雇用促進シンポジウムから
◆ 今回のパネラーは… ◆
在宅勤労者 「福祉パソコンの会」上條 一男氏
「サイバード」広岡 馨氏
企   業 乃村工藝社 佐藤 信行氏
日本モトローラ 西川 あゆみ氏
労働行政関係者 日本障害者雇用促進協会中央雇用情報センター
小泉 曜子氏

 9月25日、赤坂区民センターにて芝園橋ハローワーク主催の上記のシンポジウムが行なわれました。 参加者は、東京港区内に本社を置く企業230社の人事担当者です。

 テーマは在宅勤務に絞られたもので、在宅就労者、企業、労働行政関係者によって、それぞれの経験値に基づいた論点が出されました。 この7月より法定雇用率は1.8%にアップしましたが、現段階での雇用率は1.47%。 小泉氏のお話によると、雇用納付金(300人以上雇用している企業が法定雇用率に達しない場合支払う)は、なんと300億円に達するのだそうです。

 「在宅で働く」ということがそんな状況をどう変えていけるのか。 「通勤で人間関係や労働環境に疲れ果てた障害者たちは、職安や企業でなく我々のようなグループにやってくる」、 上條氏は自らの企業戦士時代の話も交え、必ずしも障害者が「雇用されること」を望んでいないこと、当事者が率先して教育、就労、就労支援を担う活動の大切さを語りました。

 これを受け、企業の方々からは「雇用となると技能を持つ方を探す。 そういう人は一体どこにいるのか」、「国のリハビリ機関などにおける教育を、即戦力がつくもの、ニーズに対応できるものに変えていってほしい」というような切実な声があがりました。 また、制度の面では「障害者団体へ仕事を発注した場合は、請負であっても雇用率に換算される」ような柔軟化が意見として出され、今までの 「障害者雇用」という概念のパラダイムシフトが迫られていることを感じさせました。 しかしその一方で、広岡氏の発言にあった「社会の激変の中で障害者を雇用することで企業は強くなる」という一言も鮮烈に参加者の胸に響きました。

 「在宅雇用」というケースを在宅講習生の方を通してこれまでに僅かではありますが、見て参りました。 そこで、痛烈に感じることは「問題解決能力の育成の必要性」です。 これまで社会で働いた経験のない者が在宅という独特の環境で働いていくには、技術的にもメンタルの部分でも多くの問題が発生することは、ある意味で当然のことでしょう。 ここで、その解決のためにどんなアクションを自分がおこすことができるか、この能力の育成は、「雇用」でも「請負」でも鍵なのではないかと考えます。

 各地に就労支援団体が立ち上がってきつつあります。 社会を変えていけるような嬉しい気運がのぼります。 あくまでも個人の「幸福論」を根元とした「働き方を選択できる未来」を、今回のシンポジストの方々と一緒に考えて行きたいと思います。

(堀込)


在宅就労事例(1)
「ネットワーカーズとして働く」

沖電気工業(株) 中島 徹治
 頚椎損傷1種1級 ★ ONE・STEP企画 会員
(在宅パソコン講習第11期生 平成7年3月修了)

 私は、6月の下旬から沖電気の在宅勤務社員(ネットワーカーズ)として働いています。 まず朝、一緒に仕事をしている仲間達への「今から始めます」という挨拶のメールから1日の仕事が始まります。 このメールには、最近話題になっている事件やスポーツ関係のニュースなどを交えています。

 現在の仕事内容としては、沖電気のイントラネットに掲載する従業員持株会のホームページ作成や、スカイコムさんの「医療過誤防止の情報サービス」のコンテンツ作成などです。

 私は、今までずっとプログラム関係の勉強や仕事しか経験がありませんでした。 ですから今回のような仕事のおかげで、仕事をするために必要となる様々な勉強ができ、自分の視野が広がっていく感じがして、毎日がとても新鮮です。 マニュアルや参考書などの本を読みながらの勉強も重要ですが、実際の仕事をする上での実践的な知識というのは、仕事をして自分で苦労して学ばないと身につかないと思います。 そういう意味でも、今回のような仕事をしながらの勉強はとてもやり甲斐がありました。

 今後は、今までトーコロで学んできたプログラミング技術を生かした開発の仕事もやっていきたいと思っています。 Javaの認定試験を目指して、日本サン・マイクロシステムズ株式会社が自習学習ツールとして提供している「JavaTutor」というソフトを利用して勉強する予定です。 私たちのように既存の講座などに通って勉強するのが困難な人にとっては、在宅でも同様の効果が得られる大変便利なソフトだと思い、期待しています。


 在宅勤務の長所短所を考えると、確かに在宅で1人でやっているので、孤立してしまうとかメンバー間の連絡がスムーズに行なえないのではないかという問題もあると思うのですが、 それよりも通勤をしなくていいという点など私にとってはメリットの方が多いと思います。 在宅勤務では、この通勤に関する精神的なストレスや体力的な問題は考えなくていいので、その分集中して仕事に取り組めます。

 よく在宅で働くのは『通勤しなくて家で仕事が出来るから楽ではないか』と言う人がいますが、実際に働いている私はそうは思いません。 周りに上司や同僚がいるわけではないですから、時間の管理は自分で行なわなければいけないし、納期が決まっている仕事などは、 だいたいの1日の仕事の量を自分自身で計算して、自分のペースを作っていかなければいけません。


 それと、忘れてはいけない事は、職種によるかもしれませんが、私たちの在宅勤務は1人では出来ないということです。 全体の仕事の管理をしてくれる方や技術サポートしてくれる方などがいるからこそ、初めて安心して成り立っていくのだと思います。 時にはちょっとした事を聞きたい時でも、その度にメールや電話で聞かなければいけないので、不便を感じる時もあります。 会社にいれば周りの誰かに聞けばすぐ解決する事なのですが、在宅では周りに誰もいないので、そうもいきません。 しかし、その事を苦痛と感じるようでは在宅では仕事は出来ないと思います。 なぜなら、そういうメールでのやり取りも含めてが在宅での仕事なのですから。

 残念ながら、現在は外国に比べて日本では在宅勤務という制度があまり定着していません。 しかし、インターネットなどのネットワークが進んだ現代では、在宅で働くというのは一つの勤務形態として普及していくべきだと思います。 まだ働き始めたばかりで、あまり仕事の実績がないのですが、これから在宅での様々な仕事の実績を積み上げていき、 私と同じ様なハンディキャップを持った方々が安心して在宅で働いていける土台を築き上げていきたいと思います。

★   ☆   ★
【上司より一言    沖電気工業(株) 津田 貴 氏】

 沖電気は、今年度より重度障害者の在宅勤務雇用をスタートし、6月21日に中島はじめ3名が第一期生として入社しました。 私はその管理担当者として、毎日在宅勤務者と連絡を取りながら一緒に仕事をしています。 朝、業務開始時に全員が他の仲間全員に挨拶のメールを出すことにしています。 自由な話題を盛り込んでいますので、格好のコミュニケーションの場になっています。

 現在までの仕事としては、社内で需要の多かったホームページ作成やイントラネットのページ作成が主でした。 比較的規模の小さい仕事ですが、その分早く実績を上げることができるため「在宅勤務社員の存在と技術力を早く沖電気社内に認知してもらう」 「在宅勤務社員本人たちにとって、仕事に対する経験と自信が早く得られる」という効果があったと思います。

 中島は、JavaやVBなどによるプログラム開発の仕事を当初から希望していますので、今後はその希望に沿うような仕事を考えています。 ただ十分なスキルが必要なので、Javaプログラミングの認定試験に合格するなどの努力に期待しています。


在宅就労事例(2)
「在宅でCADのオペレータ」

障害者在宅事業グループ 青木 辰巳

 「障害者在宅事業グループ」がスタートして4年になります。 このグループは、「障害を持つ人達が協力しあって自分達で何かをやろう」という考えから発足しました。 ですから、役員や会員は皆障害を持った方で構成されています。

 毎月第2金曜日(PM1:00からPM5:00)に月例会を行なっています。 会員達がこれからの活動を話し合うことや、情報交換を目的としています。 2年くらい前、月例会の席で建築設計の勉強会の話が持ち上がり、埼玉県立リハビリテーションセンターの職業訓練の施設で週1度行なわれている勉強会(講義) に、グループから私を含む4人の会員が出席することになりました。

 1回の勉強会はAM9:00からPM4:00までで、CADを使って図面を書く上での知識など1年間勉強会は行なわれました。 私は車椅子で生活をしているのですが、職業訓練の施設は身障者用のトイレなども整っているので、良い環境で勉強することができました。 勉強会が終了すると、障害者在宅事業グループの現会長が、御自身が理事をしている建築技術者協会組合に加盟している会社を紹介して下さり、私はついに就職することになりました。


 仕事はCADのオペレータです。 働いているといっても通勤するのは月・木曜日の2日間火・水・金曜日は在宅での仕事です。 自宅が埼玉県岩槻市、会社が池袋なので、通勤に時間がかかることもあって会社側が配慮してくれました。

 考えてみると、もし自分一人だったらこんなにスムーズに話は進まなかっただろうと思います。 仲間が集まって情報交換したり、色々な考えを持ちよったりする場所や機会はとても大切です。 また、県の施設に働き掛けるのにも一人よりも多数、「障害者在宅事業グループ」という組織の力がなかったら、自分自身も就職できていなかったかもしれません。

 「障害者在宅事業グループ」は、その他にも上尾市社会福祉協議会、蓮田市役所でのデータ入力やアンケート集計、その他、会員の勤めている会社などからの仕事など色々と実績を積んできました。 仕事以外では、会員からの要望もあってパソコン勉強会を今年の7月から毎月1回(PM1:00からPM5:00)埼玉県県民活動総合センターのパソコン研修室を借りて行なっています。 勉強会といってもパソコンを触ったこともない人もいるので、会員がいくつかのグループに分かれてレベルに合わせて行なっています。 こういった活動の中から、一人でも多くの会員が自分で仕事のチャンスをつかめれば、と思っています。


これからのオブジェクト指向
技術の修得を目指して

 当センターでは、昨年の9月から日本サンマイクロシステムズ(株)及びNJK(株)様のご支援により、オブジェクト指向を代表するJava言語の修得を目指し、取り組んできました。 分厚いJavaの入門テキストや課題の質疑応答は、メーリングリストを利用してサーポートしていただき、2回のスクーリングでは講師を担当していただきました。

 オブジェクト指向やJavaの技術は、独学するには敷居が高いものですが、日本サン鰍フ鈴木氏やNJK鰍フ萩本氏を初めとしたエンジニアの方々の丁寧で分かりやすいサポートによって、敷居の高かった技術も少しずつではありますが、理解していくことができるようになりました。

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 1年たった今、これからどのような道を切り拓いていけばよいのか、萩本氏を交えて話し合いを行ないました。 萩本氏から「五年先に定着する技術を先行して習得していくことの大切さ」を力説していただいたことで、当センターの技術者もかなり刺激を受け、先を読む技術の習得に向けて、新たな体制を作り、その実現に向けて一歩踏み出そうとしています。 目的を持ち計画的に進めていくことで、開発技術をより一層の深みと広がりを増したものにしていきたいと考えております。

 そして、この支援が当センターだけのものではなく、オブジェクト指向を学びたいと願う重度な障害のある人たちにも支援の輪が広がっていくことを期待しています。 そのためにも、当センターが果たすべき役割は重要であり、是非とも成功させていかなければなりません。 この学びで得たことを生かして、支援を受ける側から支援する側に回ることで、さらにスキルアップしていければと胸弾ませております。

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 また、萩本氏から著書の「最新オブジェクト指向技術応用実践」(Javaによるビジネスアプリケーション開発モデルと実装技法)エーアイ出版などの書籍プレゼントもあり、大変感謝しております。 オブジェクト指向の考え方が、分析・設計にどのように生かすことができるのかが解説されています。

 とかく個人に任されている分析・設計では、これでいいものだろうか、もっと良い設計方法があるのではないかと迷ったり悩むことも多くあります。 さらに納品後のバグで苦しめられることも多い開発者にとっても、オブジェクト指向的な設計は、その悩みを軽減したり解決する道具として役立つものとなるのではないかと思います。

本の表紙とURLの紹介http://www.njk.co.jp/otg/book/newest-oo/

[小川]

日本障害者雇用促進協会 委員会発足
 本年10月より、日本障害者雇用促進協会からの委託「重度障害者の在宅雇用・就労支援システムに関する研究調査」委員会が発足し、 当センターが委員会の事務局を務めることになりました。

 当センターではすでに平成6年より3年間、同協会の委託により障害のある人の在宅勤務での雇用促進に関する調査研究を行なっており、 その結果を「在宅勤務障害者雇用管理マニュアル」等にまとめています。

 今回の研究では、さらなる在宅雇用・就労の拡大、安定的継続を実現するために、就労支援団体の調査や試行的取り組みを行ない、 雇用・就労に関する情報提供の方法や技術的サポート、仲介者の育成など、支援体制作りの指針を取りまとめることを目標としています。

 この委員会を通じて得た情報・研究結果を今後の私たちの雇用・就労支援事業に活かしていくとともに、このトライアングル紙面においても随時ご報告していく予定です。 また、調査の過程において、皆様にご協力をお願いすることがあるかと存じますが、よろしくお願いいたします。

[岩田]



編 集 後 記

 障害のある人を在宅勤務で雇用する場合は、職場と在宅勤務者をつなぐ調整役(職業コンサルタント)の存在が大変重要になりますが、この職業コンサルタントの配置に対する労働省の助成金があるのをご存じでしょうか。

 これまで「5人以上の在宅勤務者の雇用管理のために必要な職業コンサルタント(在宅援助者)の配置又は委嘱」という要件でしたが、まだ在宅勤務者の事例が少ない現状では利用が困難でした。

 このほど(平成10年度)、「5人以上の対象障害者の雇用管理のため」ということで、在宅以外の勤務者を含めた要件に変更になり、利用しやすいものになりました。

(加藤)    


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